翌日。
いつも通りの朝が始まる。
恭也はいつもより少し早めに登校するとそこには舞の姿があった。
「あ...高崎、くん...お、おはよう...」
「あ、ああ...おはよう、委員長...」
ふたりの間に気まずい空気が流れる。
それに耐えられなかったのか舞が顔を真っ赤にして切り出した。
「その、ね、高崎くん。昨日のこと...誰にも...言ってないよね…?」
「も、もちろんだ...委員長が嫌がることなんて俺には...とても...」
言い淀んでいると背後で扉が開く音がした。
「あ、寺岡くん、おはよう」
舞の言葉に振り返ると、確かにそこには寺岡佑次の姿があった。
「...おはよう東川さん、昨日はありがとう。」
薄ら笑いを浮かべて寺岡は意味ありげに感謝の言葉を述べる。
「...?昨日?私、寺岡くんに何かしたっけ?」
「ああ、そりゃもう...」
「委員長。」
続けようとした寺岡を恭也が遮った。
「委員長、こいつなんかと話す必要はない。こんなやつ、相手するだけ無駄だ。」
「…どうしてそんなひどいことを言うの?高崎くんらしくないよ。寺岡くんと何かあったの?」
「こいつは...!」
委員長の身体を好き勝手に弄んだんだ!とは言えなかった。言ったところで信じてもらえないし、何より彼女に悲しんでほしくなかった。
「いいよ、僕は気にしてないから。それくらいは許してあげるさ。」
「お前...!どの口が言って...!」
寺岡の胸倉を掴んで睨みつける。しかし寺岡はそれに臆するどころか口角を釣り上げて楽しそうに笑った。
「そう逸るなよ。俺はもう何もしないからさ...そこは安心してもらっていいよ。」
「そんな言葉を信用できると...!」
「もうやめて!!どうしちゃったの高崎くん!どうしてそんな怖い顔でクラスメイトに詰め寄るの
!?理由があるならちゃんと説明してよ...!」
「ああ、そうだぞ高崎。ちゃんと説明しないと俺にも分からねえぞ?」
「...くそっ!」
寺岡を離すと恭也は教室から出て行ってしまった。
「寺岡くん...大丈夫?ごめんね、きっと高崎くんにも理由があると思うんだけど...」
「大丈夫だよ東川さん、さっきも言ったけど全然気にしてないから。」
寺岡は服を整えると落としてしまっていた鞄を拾い上げた。
「そういえば東川さん、高崎の隣の席だったよね?」
「うん、そうだけど?」
「じゃあ、これを渡しといてくれる?ああ、中身は見ないでくれると助かるかな。プライバシーに関わることも書いてあるから。」
手渡されたのは4つ折りになったメモ用紙。
舞は受け取りながら怪訝そうな顔を浮かべる。
「いいけど、寺岡くんが直接渡しちゃだめなの?」
「あの様子じゃあ素直に受け取ってもらえないだろうからさ。悪いけど頼まれてくれる?”仕込み”も済んだことだからさ。」
「仕込み...?」
「こっちの話だよ。じゃあよろしく。」
他のクラスメイトが徐々に登校してくるのを見計らって寺岡はさっさと話を切り上げて自分の席に着いてしまった。
「…...寺岡くんとあんなに話したの初めてかも...」
舞は少しだけ不思議に思いながら、もらったメモを胸ポケットへと仕舞いこんだ。
始業のチャイムが鳴りだした頃、恭也は教室に戻り席に着いた。
「少しは落ち着いた?」
「...ああ」
恭也はむすっとした表情で黒板を見つめたまま答えた。
「そう、悩みがあるなら相談してよ?そのための委員長なんだから。」
「それって委員長の仕事なのかぁ?...でもありがとな。」
「ふふっ、やっと笑ってくれたね。うん、高崎くんはその方が素敵だよ。その笑顔で彼女さんをゲットしたんだよね?」
「ばっ!?馬鹿なこと言うなよ...!ったく、それとこれは関係ないだろ...」
ばつが悪そうにする恭也に舞は優しく微笑んだ。
「ふふっ、いいないいなー。私も素敵な人に出会いたいなー。」
「委員長ならきっと、すぐにいい人が見つかるさ。俺が保証する。」
「ほんと~?信じちゃうぞ~?嘘だったら怒っちゃうぞ~?」
「ははっ、なんだよそのキャラ...はぁ、やっぱり委員長には敵わないな...」
気が付けばほだされている。舞はこうやって人の心を解くのが得意なのだ。
この性格が何人ものクラスメイトの心を支えとなり、今の信頼を勝ち取るのに大きく貢献していることは言うまでもない。
「私に勝とうなんて10年早い!...っと冗談はさておき...はい、これ!寺岡くんに渡して欲しいって頼まれたの。」
「寺岡に...?」
嫌な予感がした。昨日の今日だ。
何かがあるに違いない。
しかし舞に渡されている手前、断るわけにはいかなかった。
少し震えた手で舞の指先を掠めながらメモを受け取る。
「…...」
ごくりと生唾を飲み込んで四つ折りになった紙を開くとそこには短い一文が綴られていた。
”隣の席を見ろ”
「なんだ...?」
恭也の頭に疑問符が浮かぶ。自分は窓際の席に座っていて隣にいるのは右に座っている舞のみ。
意図が理解できずにメモを見つめていると隣から笑い声が聞こえてきた。
「くふっ、くふふふっ!」
聞き慣れない笑い声。
不思議に思って隣の席に目を向けると、舞がニタニタと笑みを浮かべながら、ワイシャツの裾を引っ張って中を覗き込んでいた。
「なあに?」
舞のものとは思えない甘ったるい声色でこちらに視線を向けた。
先ほどまでの優しい笑みは消え失せ、眼鏡の奥は瞳は別人のように好色に満ちていた。
「い、委員長…?」
「あ、やっぱりちゃんと東川さんになってる?ふふっ、ふふふ!そうだよね。どこからどう見ても東川舞だよねえ。はぁ…うまくいったぁ♡」
うっとりとした顔に両手を当てて全身をくねらせる。まるで身体の動き具合を確かめているかのようだった。
「やっぱり私って意外とエロい身体してるなぁ…上から見るおっぱいの谷間が最高…しかも、触り放題♪」
両手で下から掬い上げると左右の胸が制服越しにぷるんっと揺れた。
生地の上からでもその柔らかさが見た目で伝わってくる。
「あっ…この中で下着擦れる感覚好き…委員長のおっぱい、昨日ぶりだけどやっぱり柔らかいなぁ…おっほ!中から乳首が見えそう…!うわ、えっろ!」
「な、なにやってんだよ委員長…!
もうすぐホームルーム始まるんだぞ…!」
「何って…私のJKおっぱいを揉んでるんだけど?」
「それがおかしいって言ってるんだよ…!どうしたんだ急に!」
内心では検討は付いているが、それはどうしても認めたくない自分がいた。
また…またあいつが…!
「ふふっ!まあいいや、実験その1はうまく言ったし…”委員長のおっぱいなんてこれからいくらでも揉めるから”今はこれくらいで。」
「お前、やっぱり…!」
「想像にお任せするよ高崎くん♪さぁて、お次は実験その2!っと、先生が来ちゃったかー…うーん、どうしようかな…」
「これ以上は何もしないじゃなかったのかよ…!」
ハナから信じていたわけではないが30分もしないうちに言葉を違えられると殊更に怒りが湧いてきた。
「ふふっ、何のことか分からないけど…高崎くんが考えてるその人、”約束は破ってない”と思うよ。」
「今の状況のどこが…!」
「はいそこ!ホームルーム始まってますよ。私語は慎んでくださいね!」
担任の安田に咎められこれ以上追求ができなくなってしまった恭也。
舞を睨みつけながら姿勢を黒板の方に向ける。
それに対して舞はチロっと舌を出して挑発の笑みを浮かべた。
(委員長はそんな顔で笑わねえよ…!くそっ!)
「うーん、ここでやるのもちょっとリスキーだし…じゃあ…」
舞はニヤリと笑うとまっすぐに手を挙げた。
「先生、ごめんなさい。お手洗いに行って来てもよろしいでしょうか?」
「あら、めずらしいわね。ええ、今日は特に大事な連絡はないから行ってきていいわよ。1時間目までには戻って来れそう?」
「はい、すぐに済ませますので。ありがとうございます。」
舞は席から立ち上がると恭也の方を見ていやらしい笑みを浮かべた。
「じゃあね、高崎くん。」
今すぐにでも立ち上がって舞を力尽くにでも止めたい。そんな衝動に駆られながらも恭也はその場で押し黙ることしかできなかった。
十数分後。
ホームルームが終わり、1時間目の先生が来るのを待つ空き時間のタイミングで舞が教室に戻ってきた。
外見に大きな変化はない。だが、心なしか顔が赤いような気がした。
「はあぁ〜……んっ……」
隣まで来た舞は湿った吐息を漏らしながら席に着いた。
「ねえ、高崎くん…トイレでオナニーしてきちゃった…」
「なっ…!?」
大胆な告白に恭也が目を剥く。
(何を言ってるんだこいつは…!?)
「それでね…シテる時にいっぱい、いっぱいうわごとのように呟いたの…好き、好き、寺岡くんのことが大好きって…その言葉だけを”私の頭の中で”何回も何回も繰り返して、脳に染み込ませるように、本当のことになるように何回も私の心に刻みつけたの…」
思い出すように言うと舞はゾクゾクと身体を震わせた。
「おかげで”私”、寺岡くんのことが大好きな女の子になっちゃった。でも本当は高崎くんのことが好きだったんだよ?気付いてた?でも高崎くんには彼女がいて、私が間に入る隙なんてなくて、辛くて泣いた夜もあったくらいなんだ…でもそんな気持ちも綺麗さっぱり消えちゃった。全部書き換えられちゃった♪ふふっ、実験その2は成功だね。次に”私”が目覚めた時は寺岡くんの彼女だよ。ふふっ、このおっぱいもお尻も、処女も喜んで全部あげちゃうんだ…ああ、楽しみだぜ…くくっ…」
恭也は血の気が引いていくのを感じた。目の前にいる舞が先ほどまでの人物とは別人になってしまったとはっきり告げられたのだ。
「それじゃあ実験その3といきますかぁ」
悪夢は始まったばかり。